私の家族は、イライラしたときに家族に当たるのは当たり前だったと書いた。
キャパシティがないときというのは誰にでもある。
学校や仕事で嫌なことがあったとき、締切や時間が迫っているとき、やらないといけないことが終わっていないとき。
そういうときに家族にイライラをぶつけるのは当たり前だった。
母のメンタルが荒れているときに、こちらに非があることを見つけられ、指摘されたり問い詰められたりよくされていた。
もちろん、母の元々のイライラとは関係のないことである。母の調子がよければお咎めなしのことである。
母も、ほとんど無意識にやっていたと思う。
これが、母が夕食を作る時間に高確率で起きていた。
実家が飲食店を営んでいたが、夕方が忙しく、母は仕事が終わってから家族の夕食を作ってくれていた。
この時間帯は高確率で機嫌が悪かった。
おなかをすかせた子どもたちがいて、時間も遅くなって、焦る気持ちもわかる。
しかし、父が「忙しいときは出前を取ったら?」と言っても頑なに夕食を作り続けていたし、私が手伝いを申し出ても断られたり、「余計に時間がかかる」と言われたりした。
なんの信念かわからないが、母は夕食を手作りすることにこだわり続けた。
当時、母がそういうふうに忙しくしていたのは私が中学・高校くらいの頃だったと思うけど、私にとっては、どうしたら母の機嫌が直るのかな?とずっと考えないといけない課題のようだった。
それが、今思い出しても辛い。
自分のせいじゃない、どうしようもないのに親の機嫌が悪い。
そういう時間に自分の悪いところも一緒に指摘される。おまけに思春期。
この頃、家では楽しいことが少なかったと思う。
そして今でも、一生懸命ごはんを作ってくれた親を『毒親』なんて言っていいのかなという気持ちがある。
でも、自分が親になってみて、同じようなことを子どもにしたくないと強く思う。だから、自分がされてきたことは、悲しいけれど、否定していかないといけないのだろうと思っている。
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