習い事のエピソードはほかにもいろいろある。
ある日、小学校4年生くらいのことだったと思う。
母親に「空手やってみたいと思わない?」と聞かれた。
やってみたいと即答した。
私は、運動神経はそんなになかったけれど、体を動かすのは好きだったし、空手はかっこいい感じがした。
かわいらしい物も好きだったけど、かっこいいものにも憧れがあったと思う。
しかし、空手を習う日は来なかった。
いつ習いに行くんだろう、まだかなと楽しみにしていたが、それ以来何も音沙汰なかった。
「空手、いつから習いに行けるの?」母親に聞いた。
母親は、「あぁ、空手ね。あの話なくなったの」と答えた。
え・・・なくなった?ショックを受けた。
「そんなぁ。行きたいよー!」多分訴えたと思う。
でも、母親は「もう忘れて。習いにはいかないよ」とあしらった。
今振り返ると、おそらくだけど、仕事関連で何かつながりができそうだったのではないかと思う。
親にとって子どもを習わせておくと何かメリットがあったのだと思う。父親が母親にそう話したのではないか。
だけど、その話はなくなった。
両親は、私がひそかに楽しみにしていることも知らず、「話はなくなった」の一言で終わらせた。
とても悲しかったことを覚えている。
やりたくもないく○ん、ピアノ、習字などは行かせられて(小4当時習っていたもの)、自分のやりたいことは一つもできないのかと悲しかった記憶がある。
親の方針というのは、どの家庭にも多かれ少なかれあるのかもしれない。
でも、空手が習えると期待を持たせておいて、勝手になかったことにする。子どもの気持ちを全く考えていないなと思う。
いつもそんなものだから、子どもの気持ちや意思は、親にとって優先順位が低いから、こんなことになるのだと思う。
この経験から、子どもの望む習い事をさせてあげたいと思うようになるのだけど、それはそれで難しいんだとやってみて知ることとなる・・・。
でも、やっぱり子どもの気持ちを大切にしたいと思うことが一番大事なことだと思う。それを心がけていることは子育てで大事なことじゃないかな。
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